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| 早春の雲南省 -大理のあたり |
| 修改时间:2008-08-23 20:58 |
玉龍雪山が眺められるナシ族の町麗江が今ほど有名ではなかった頃のお話。 当時、中国の地方都市に住んでいたSUR SHANGHAIは、麗江が将来観光の目玉になりそうと聞きつけ、そうなる前に行ってみようと旅の手配。
ところが出発の数日前の96年2月3日に、マグニチュード7の大地震が麗江を襲ったとのニュース。 この旅は取り止めかと思ったものの大理あたりは無傷と聞いて、そこまででも行ってみることに。
雲南省の省都昆明でも、麗江の地震後の情報を入手。 その結果は、300人以上が死亡という、遊び半分で行く状態ではないと判断させるに足るものでした。 残念ながら麗江は断念。
地元の新聞に、被害の状況を知らせるニュースと共に、≪麗江・虎跳峡で地震による落石でアメリカ人(だったかな)旅行者負傷≫と言う記事が写真入りで出ていたのが印象的だった。
昆明からは夜行寝台バスで大理へ。 今はどうか分かりませんが、当時は大理行きには2種類あって、一つは観光の拠点となる大理古城行き。もう一つはその手前にある洱海観光船の拠点である下関行きがありました。
乗車前に「これは大理の古城行き?」と確認。 10時間ほどの夜道を揺られ揺られて、翌早朝には下関到着。 大理古城行きと聞いていたSUR SHANGHAIを含む外国人バックパッカーはそのまま中で待機。 ところが、途中で入れ替わったらしい運転手は「いや、これは下関止まりだ!」 騙されたような気持ちでしたが、彼に文句を言っても始まらないので、客待ちをしていたミニバスで移動。
大理古城での宿はゲストハウスの30元の個室。シャワーとトイレは外。 シャワーは一応個室型。トイレは腰ほどの高さの囲いはありましたが、屋根も仕切りもドアも無いクラシック型でした。夜は冷えるし、電燈も無かったからちょっとスリリング。
こんな調子で、早春の菜の花咲く、大理のあたりを短期間ながら巡ってみました。
表紙の画像は、洱海や大理の町を見下ろす蒼山中腹からの段々畑風景。その向こうには一塔寺も見える。
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表紙に出した経緯のあとで大理到着。
別の日には下関から出る洱海巡りの遊覧船ツアーに参加。洱海は、海と名は付いていますが、周囲を山に囲まれた湖。
洱海の東岸にある観音閣、小普陀に寄り、洱海北岸の沙平近くで降りたあとは、胡蝶泉にも寄ってバスで戻るというツアー。 ちょうど日曜日だったので、賑やか過ぎるほどの船内。 平日に乗ればよかったなあ。
でも、船内では白(ペー)族の歌と踊りの披露、それに大理名物の三道茶が振舞われた想い出が。
三道茶と言うのは、白(ペー)族の人たちが客人をもてなす時に出すお茶で、苦、甜、それにショウガの辛さも混じった三種類が出されます。大理古城のお店でも飲める所がありました。
この画像は洱海東岸にある小島、小普陀。 洱海西岸に連なる蒼山の峰々には雪が残っているのが見えた。
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その洱海巡りの遊覧船の終着点、沙平の集落近く。
小舟も船着場を目指している風景。
このあとで行った胡蝶泉の写真は目下行方不明。
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大理と言えば、大理古城の崇聖寺三塔。
元々は崇聖寺と言う名の寺院もそばにあったのが、これまでの地震で無くなってしまったのだそう。
今は名前の通り、三本の仏塔が残るのみ。
敷地内に入ると三本一緒に撮るのが難しい。 これはそのうち一番高い千尋塔。 70m近い高さがあるレンガ製なのに、これだけは数日前の麗江の地震だけではない度重なる地震にも崩れもせずにまっすぐ立っていた。
その両脇にある塔は…、
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